2006年08月22日

早実・斎藤投手

――優勝を決めた瞬間、何を思った。
 和泉監督を優勝監督にできたのが一番うれしいです。やっぱり自分をここまで成長させてくれたのも和泉監督だと思うので感謝しています。

――疲れはあったでしょう。
 はい。でも最後なんで気持ちで絶対負けないようにしようと思ってました。今まで戦ってきた仲間が土壇場で逆転してくれたり、ほんとに仲間を信じることが余裕につながったんだと思います。

――お母さんにはどんな報告を。
 こんなに連投しても大丈夫な体に生んでくれてありがとうと言いたいです。

――9回に本塁打を打たれた。
 打たれた瞬間はやばいなと思ったんですが、どっちにしろスリーアウトとるのは一緒なんで、ここから3人で抑えればいいという感じで投げました。

――最後まで勝ち残ることがこの夏の主役、と言っていたが。
 自分が主役と言うよりは、早稲田実業野球部、アルプススタンドのみんなも含めて全員が主役だと思います。

――高校野球が終わってまず何を。(群馬の)実家に帰りたい?
 それが一番です。
                   (決勝戦後のインタビューで)

 斎藤祐樹(1988-。群馬県太田市出身。第88回全国高校野球選手権大会で、全7試合(決勝引き分け再試合を含む)を一人で投げぬき、早稲田実業に初優勝をもたらした)
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2006年07月05日

中田英寿A

人生とは旅であり、
旅とは人生である

〜1985年12月1日 - 2006年6月22日〜

俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。
8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。

あの頃はボールを蹴ることに夢中になり
必死でゴールを決めることだけを目指した。
そして、ひたすらゲームを楽しんだ。
サッカーボールは常に傍らにあった。

この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。
山梨の県選抜から関東選抜、U−15、U−17、ユース、そしてJリーグの一員へ。
その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。

五輪代表、日本代表へも招聘され
世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。

サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。
サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。
それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、
“糧”となり、自分を成長させてくれた。

半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に
約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。

サッカーは世界で最大のスポーツ。
それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。
選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為の責任を負う。
時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。

プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも
子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった。

けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後
サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。
自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。
厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為
ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。
しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。

ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ
込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ
挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

そして、思った。

どこの国のどんなスタジアムにもやってきて
声を嗄らし全身全霊で応援してくれたファン――。
世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「NAKATA」の声援――。
本当にみんながいたからこそ、10年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。

サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。

最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに
「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。

俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。
今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、
何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。
正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…
ちょっと自信がなかった。

けれどみんなからのmailをすべて読んで
俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、
それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。
それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は
間違っていなかったと自信を持って言える。

何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのは
とても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が
きっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。

だから今、俺は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。

これまで抱き続けてきた“誇り”は、
これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ
守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。

そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと
乗り越えていけると信じられる。

新しい旅はこれから始まる。

今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど
サッカーをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに
ボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”

 (2006年7月3日)

 中田英寿
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2006年06月07日

ベーブ・ルースA

あきらめないやつを

負かすことはできない。

 ベーブ・ルース
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2006年05月10日

クリス・エバート

ゲームの90%は精神的なもの。

集中力があったからこそ、

この成績が残せたんです。

 クリス・エバート(1954-。アメリカ・フロリダ州出身の女子プロテニス選手。女子プロテニス界で初めて、シングルス1000勝、トーナメント150勝、賞金100万ドルを獲得した。全仏オープン7勝の大会最多優勝記録保持者でもある。1995年に国際テニス殿堂入りを果たす)
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2006年03月02日

清水宏保

長野で勝ったメダルよりも、

今回の負けたメダルのほうがアスリートとして大きく成長していけると思う。

(ソルトレークシティ五輪銀メダル獲得後のインタビューで)

 清水宏保(1974-。93年2月、イタリア・バゼルガディピネで行われたスピードスケートW杯に18歳で初出場し初優勝という快挙を達成。その直後の世界スプリントで総合3位に入り、小柄な世界トップスケーターとして注目を集める。94年リレハンメル、98年長野、02年ソルトレークシティ、06年トリノと、4度の冬季オリンピックに出場。長野五輪では500mで金メダル、1000mでも銅メダルを獲得、ソルトレークシティ五輪の500mではトップと0.03秒差の銀メダルを獲得した)
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2006年02月24日

荒川静香

まさかわたしが取れるとは思っていなくて、プレッシャーはありませんでした。こうしてメダルを手にして、それが日本の第1号になってよかった。ジャンプを心配したりせず、今ここで滑れることがスケート人生の集大成になるな、と不思議な感じがして滑っていました。本当に今、続けてきたことがよかったと思うし、続ける道をつくってくれた周りの人すべてに感謝したいです。
(06年2月23日、トリノオリンピック金メダル獲得後のインタビューで)

 荒川静香(1981-。神奈川県生まれ。プリンスホテル所属。5歳でスケートを始め、16歳で長野五輪に出場も、その後は低迷しソルトレークシティー五輪は落選。2004年の世界選手権で金メダル、2006年のトリノオリンピックでフィギュアスケート日本人初の金メダルを獲得)
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2006年02月20日

マイケル・ジョーダンA

Talent wins games,

but teamwork and intelligence wins championships.

(才能があればゲームには勝てる。

 しかし、チャンピオンシップを取るにはチームワークと知性が必要だ。)

 マイケル・ジョーダン
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2006年01月23日

山口良治

伏見のラグビーの、強さの秘訣っていうのは、優しさなんです。思いやりなんです。

優しいっていうのは、自分と同じように人のことを気にかけてやることなんです。

だから冷たい連中はね、自分勝手なやつは、伏見のチームにはいらないんですよ。

 山口良治(1943-。元ラグビー日本代表で、伏見工業高校ラグビー部監督(現総監督)。荒れた高校のラグビー部を7年で全国制覇まで導いた指導が話題となり、ドラマ『スクールウォーズ』や映画『HERO』のモデルとなった)


信は力なり スクールウォーズ HERO
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2006年01月15日

中田英寿

良いことも良くないこともあった。

でもどんなことだって、すべては未来への糧になるんだと俺は思っています。

 中田英寿(1977-。96年韮崎高校からJリーグベルマーレ平塚に入団。アトランタオリンピック代表としてプレーし、翌年A代表に選出される。98年フランスW杯で活躍し、セリエAに移籍し様々なチームでプレー。現在は日本代表の大黒柱的存在。2003年から東ハトの執行役員も務める )


中田語録 ナカタノナカミGold
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2005年11月28日

朝青龍

大きな山を見ず、

足元の石ころを見て頑張りました。

 朝青龍明徳(1980-。第68代横綱。モンゴル・ウランバートル出身。本名はドルゴルスレン・ダグワドルジ。今年6場所完全制覇を成し遂げ、史上初の7場所連続優勝、年間84勝の新記録を作った)
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2005年11月25日

マジック・ジョンソンA

バスケットをプレーしているときは、勝つためにプレーしている。それだけだ。

得点を入れるためでも、リバウンドを取るためでも、ゲームで目立つためでもない。勝つためだ。

そのためにはオレはリバウンドも取るし、得点もするし、パスもするし、チアリーダーだってやる!

つまりオレは自分の栄光ではなく、自分を捨ててチームの優勝を熱望する姿勢を示したいんだ。

だからオレは練習のたびごとに、誰よりも一生懸命頑張る姿を手本として見せる。

だからオレは自分の目標を立てて自分自身に挑戦する。

だからオレはコートに入ったらオレではなく「オレ達」と考えるようにしている。

 マジック・ジョンソン


NBAクラシックス/マジック・ジョンソン ◆20%OFF!
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2005年10月18日

バレンタイン監督

マジックはなかった。

素晴らしい選手たちが死力を尽くしてくれた。

夢に向かって突き進んで結果としてチャンピオンシップを勝ち取った。

 ボビー・バレンタイン(1950-。現千葉ロッテ監督。毎年Bクラスに低迷していたロッテを31年ぶりのリーグ優勝へ導いた)
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2005年10月15日

イチローA

結果が出ないとき、どういう自分でいられるか。

決してあきらめない姿勢が、何かを生み出すきっかけをつくる。

 イチロー
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2005年10月03日

イアン・ソープA

“enjoy”

この一言で現実が変わる。

 イアン・ソープ
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2005年09月11日

マイケル・ジョーダン

めったに怪我をしないのは、

常に全力でプレーをしているからです。

 マイケル・ジョーダン(1963-。元NBAプロバスケットボール選手。NBA史上最高の選手とも称される。ジャンプの滞空時間の長さから、「Air」という愛称をもつ)
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2005年08月26日

マジック・ジョンソン

ゲーム中、一番うまいやつは気にしなかった。

才能では劣っていても、

努力するやつ、

強くなろうとしているやつをマークしたんだ。

 マジック・ジョンソン(1959-。本名アーヴィン・ジョンソン。世界的に有名なプロバスケットボール選手。NBAでロサンゼルス・レイカーズを5度の優勝に導いた。91年に自らのHIV感染を発表し、現役を引退した)
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2005年07月27日

北島康介

気持ちの面で絶対に勝ってやると思ってスタート台に立ちました。

(アテネ五輪金メダル獲得後のインタビューで)

 北島康介(1982-。東京都出身。日本水泳界の第一人者。2004年のアテネオリンピックでは男子平泳ぎ100m・200m二つの金メダルを獲得)
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2005年07月18日

タイガー・ウッズ

僕の中には、いつも闘争心があります。

それは決してなくならないし、僕も決して諦めない、それは確かです。

たとえ劣勢にあっても、逃げないこと。

たとえどんなに負けていても、自分は勝てると、いつも信じなくてはならない。

自分自身を信じなくてはいけないんです。

そして正直に本音を言えば、それほど大勢の選手がそう信じているわけじゃないし、不安を感じることもあるでしょう。

僕も前はそうだったし、そういう時はプレーもうまくいきません。

でも何度か試練をくぐりぬけ、学び、成長すると、自分を信じられるようになるんです。

 タイガー・ウッズ(1975-。本名エルドリック・ウッズ。生後9ヵ月からゴルフを始め、アマチュア時代から数々の大会で優勝。2000年全米オープンから2001年のマスターズまでメジャー大会四連覇を達成。2005年全英オープンでも見事優勝を果たした)
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2005年07月07日

イチロー

言いたいことはただ一つです。

それは“目標を持つ”ということ。

目標を持つと、

自分を大切にし、

人を敬うことができる可能性が出てくる。

 イチロー(1973-。2004年、メジャーリーグ年間安打「262」の新記録を樹立)
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2005年06月25日

イアン・ソープ

ベストを尽くしたと思えれば何もいらない。

レースで1位になろうと、2位、3位だろうと関係がない。

大事なのは、自分ができるかぎりのベストをつくしたかどうかだ。

 イアン・ソープ(1982-。オーストラリア・シドニー生まれ。シドニー五輪では4冠、2001年の世界水泳では6冠を達成)
posted by Arthur at 10:26| Comment(0) | TrackBack(2) | スポーツ選手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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